
よくぞここまでたどり着いた-。2日、レスリング女子76キロ級の3位決定戦で敗れた京都府宇治市出身の皆川博恵(33)。最重量級で3大会ぶりとなるメダルに挑んだが、世界の壁にはね返された。培われた実力は十分だったものの、けがや同じ階級の実力者に阻まれ続けた大舞台。約30年にわたって師でもあり続けた父は、周囲に感謝の言葉を述べつつ悔し涙をあふれさせたまな娘をねぎらった。
試合開始から2分30秒。タックルを受けて押さえ込まれると、そのままフォール負けを喫した。「五輪最後の試合なので全部出し切ろうと思っていたが、6分間も戦うこともできなかった」。泣き腫らした赤い目で、こう振り返る娘の様子をテレビ画面越しに見守った父、鈴木秀知さん(70)は「目いっぱい頑張ってくれた」とたたえた。

自身も元レスリング選手で、体育教員として赴任した宇治高(現立命館宇治高)でレスリング部を創部。子供向けに開いた道場には4歳上の兄とともに練習に励む幼き娘の姿もあった。「女の子だし、楽しくやってくれるだけで良かった」。のびのびと楽しむ教育方針が功を奏し、兄妹ともに実力をつけ、数々の大会を制した。

娘の気持ちを尊重する方針は、成長しても変わらなかった。男子とともに練習に励む日々。思春期を迎えた娘がレスリングと距離を置きたいと、陸上部に入った中学時代も活躍を応援し、海外への語学留学にも送り出した。秀知さんは「いろいろなことに挑戦し、レスリングにつまずいたときも何とかなるようにしたかった」と振り返る。
それでも娘は、父がいる立命館宇治高に入学し、レスリングの道を選んだ。母、みち子さん(67)は「小さいころからおとなしい性格。それでもレスリングが好きだから続けてきたんだと思う」と語る。
世界レベルの実力を付けながら、あと一歩のところで五輪出場を逃し続け、ようやく代表の座をつかんだ東京大会はコロナ禍で延期。「やっぱり五輪に縁のない選手だったのかな」。父の脳裏には、こんな思いもよぎったが、娘はあきらめなかった。昨年6月には負傷した右膝の手術に踏み切り、リハビリの末に復帰した。
五輪開幕直前の7月中旬も、父の元には練習風景の動画とともに助言を求めるLINE(ライン)が送られてきた。新型コロナウイルス禍で1年あまり対面していないが、五輪に掛ける思いが痛いほど伝わった。
「悔しさもあると思うが、『ご苦労さん』と伝えたい」。両親は試合後、これまでの娘の道程をかみしめるように語った。(桑村大)
August 04, 2021 at 06:12PM
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レスリング皆川博恵の父「目いっぱい頑張ってくれた」 - 産経ニュース
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